自分を信じる事を曖昧にしない。

全国800万人のハッシーファンの皆さんこんにちは。粒コーンです。今回は僭越ながら「自分を信じる」事について伝えたい。その前に吹田、摂津千里丘で腰痛、椎間板ヘルニアだったら相談してくれ。話だけならいつでも聞くぜ。

まだまだ勉強中の粒コーン中村が感じた事である。

自分を信じろ

ハッシーがいつも言う言葉。

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ハッシー

「簡単です。やって下さい。」

間違えた。こっちじゃない。

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ハッシー

「自分を信じて下さい」

「自分を信じる事」はとても大切だ。院内での責任者は自分。施術担当の自分。判断するのも自分。全部自分だ。

そんな中で自分が自分を信じられない場合は何もしない方がいい。「幕の内一歩」ですら言っている。

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幕の内一歩

「迷いを抱えてリングにあがっちゃ駄目だ」

この言葉は正しい。

施術している時点でリングに上がるどころかゴングが鳴っている訳だが、それでも「自分を信じる事ができない場合」は矯正は止めた方がいい。手元が狂うレベルの話じゃない。ただの無責任である。

自分で自分を信じられる状態になってこそ、矯正はロトの剣となる。自分で自分を信じられない場合は「ヒノキの棒」に過ぎない。

まず「ロトの剣」と「ヒノキの棒」がわからない人は、矯正はいいからまずは「ドラクエ」をやってくれ。え?「ドラクエ」がわからないって?まさか「ファイファン」とか「FF」と言っても通じないのか?

そんな場合は仕方が無いので読み進めて欲しい。

信じる自分とは何か?

私はよく「言葉を曖昧にしない事」と口にしているが、ここでもそうだ。「自分を信じる」の自分って何の事だ?これを説明できる人はそういない。何故なら考える事も無いからだ。

  • 「自分で検査した結果を信じろ」
  • 「技術を磨いた自分を信じろ」
  • 「今までの自分を信じろ」

どの自分を信じたらいいんだ?全員か?実はまだ押入れの奥に何人かいるんじゃないか?考え出したらキリが無い。

よし、皆で整理しよう。整理整頓は心の整理と誰か言っていた。誰だったかは忘れた。

自分を信じる事と同じくらい大切な事

「自分を信じる」という言葉を整理しよう。そう言っておきながらいきなり寄り道をしようと思う。

自分を信じる事はとても大切だが、実はもう一つ大事な事がある。

常に自分を疑う事である。

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ハッシー

自分を信じて下さい

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粒コーン

自分を疑え!

光のハッシーと闇の粒コーン。塾長と自分を同列に扱っている時点でもうおかしいのだが、わかりやすいので対比した。

愛のまなざしで自分を疑え

  • 自分の検査
  • 自分の判断
  • 自分の仮説
  • 自分の経験と知識

全てを疑う事を忘れない様にしよう。「本当にこれが正解か?」「もっと最適解があるんじゃないか?」と毎日、駅トイレで目にしている言葉を実践するんだ。

早まるな。「毎日綺麗に使って頂き、ありがとうございます」じゃない方だ。

もう1歩前へ!

常に自分を疑い、前を目指そう。

人は解釈が委ねられた時「都合の良い方に流れやすい生き物」である。そして院内ではその判断を咎める人間がいない。そう「あなた自身」を除いて。

間違っても「俺いけるっしょ、うぇーーい!」のノリで自分を信じるな。それはただの「勢い」だ。

疑いを晴らすことが大切なんだ

疑う事に意味がある訳じゃない。疑う事は「手段」に過ぎない。ジャーナリスト風に言うなら「ダブルチェック・トリプルチェック」を欠かすなと言う事だ。

複数の検査でダブルチェック。異なる姿勢でトリプルチェック。それで答えは導き出される。

そう「疑いを晴らす事」が目的なのだ。

自分を信じる為に疑え

自分の経験・知識・検査・判断を疑い、その疑いを自分で晴らす事。

これを「独り相撲」という。

ここまでやって初めて自分を信じる事ができる。もう疑い様がないからだ。これを経ずに「俺は俺を信じる!」と突っ走るのは99%が「俺はそう思いたい。確認するのが面倒くさい」である。

これはもう単なる自分勝手、無責任だ。

自分を信じ、疑い、信じる為に確認をする。それが責任ある治療だと思いたい。

自分を信じるしかない状況まで行くのだ

これは「寝るのだ」

  1. まず検査をする。仮説が立つ。
  2. 仮説を疑う
  3. 異なる検査で別の視点から検査する
  4. 検査結果を重ねて「答え」が出る
  5. 仮説が証明された
  6. 自分を信じて実行あるのみ

ここまで来てなお「でもひょっとしたら。。。」と思う人は自分の検査技術に自信が無いという事だ。その場合は検査からもう一度学びなおそう。確実な検査を重ねて得られる確証。それが治療に自信を与えてくれる。迷いを吹き飛ばす。

2人の自分を信じよう

疑い様の無い結論を導いた。ここで信じる自分は2人いる。

  1. 「今まで」積み重ねてきた自分(技術と経験)
  2. 「今」積み上げた自分(検査を重ねた結果)

もう迷うものなどない。後は決断してGOするだけだ。ここまでお膳立てしてもなお「でも、やっぱり」と及び腰になってしまう人は技術や検査の前に「自分を好きになる」事から始めた方がいい。流石に疑い過ぎだ。この私ですら「もう少し信じてやってくれないか」と言いたくなる。

経験に溺れない様に注意しよう

手技療法家が溺れる世界は決まって「経験」である。目の前の患者さんを過去の患者さんに当てはめて「ああ、このタイプね」とカテゴライズしてしまうのだ。法曹界なみに「判例主義」が蔓延っている。

もちろん、過去の症例から導くのは悪くない。だがしかし「目の前の患者さん」にあてはまるかはわからない。だから「確認」するのだ。

これは「寝るのだ」

確認をすれば「ひょっとしたら」の可能性が消え去り「やっぱりこのタイプか」と断言できる。

  1. 過去の積み重ねと目の前での積み重ねを「重ねる」事。
  2. 過去にすがるな、過去に逃げるな、「今も」見よ。

言葉にするとえらく重々しいが「きちんと1人1人調べようね」と言うだけの話である。1人1人に全力投球、妹尾和夫に負けてたまるか。

「とりあえず信じとけ」ではなく「信じるに足る土台」を整えた上で全幅の信頼を自分に寄せよう。それが答えである。多分。

かしこ。

世の中はこんなに面白い

カテゴライズは避けろと言っている一方、色んな「できない理由」を述べては実際は「カテゴライズ化」する院が後を絶たない。

そして、そんな院に限ってこんな言葉をHPでは謳っている事が多い。

患者様との一期一会
を大切にします

なんでやねん

投稿者プロフィール

Toshio Nakamura
Toshio Nakamura志塾歴は5年目
大阪府吹田市で「トシオとイクミの俊カイロプラクティック院」をしています。男塾の大豪院邪鬼と同じく「卒業せずに居座る塾生」です